来月、世界再挑戦への前哨戦に臨む!

ああああ
ああ ボクシングなんて絶対にやるものか
父もプロボクサーだった。 「試合で負けて帰ってきた父の腫れ上がった顔に、 母が氷のうを当てている。 その光景が忘れられない」。 ボクシングなんて絶対にやるものか、 そう思っていた。 引退後、 ジムを開設した父の背中を見続けた。 いつのまにかグローブを手にしていた。 小学5年生のときだった。
 父から受け継いだボクシングの才能が開花した。 高校2年から大学1年まで、 国体3連覇。 世界を目指す二人三脚のゴングが鳴らされた。


タイトルを返上し世界一本に照準
1995年プロデビュー。 次々に頂点を極める。 98年東洋太平洋スーパーフェザー級、 2002年日本スーパーフェザー級、 そして06年日本ライト級。 いずれも返上した。 「あくまでも目標は世界王座。 東洋や日本のタイトルは世界挑戦には余計なストレスになるだけ」

二人三脚のボクシング人生。 ジム会長、 トレーナー、 マネジャー、 セコンドとして父奄ェ息子を支える
この間、 挫折も味わった。 世界への初挑戦は、 みじめな結果に終わった。 02年8月、 WBC世界スーパーフェザー級王座決定戦。 シリモンコン・シンワンチャー (タイ) の強打の前に、 2ラウンド、 マットに沈んだ。
  「世界の壁の厚さを思い知らされた」 と建吾。 「わたし自身初めての世界戦で、 気持ちがうわついていた」と清。「その不安定な心が建吾に影響を与えてしまったと思う」


ああ
挫折、いら立ち 苦難の二人三脚
 それ以来、 世界挑戦のマッチメークは思うように進まない。 いら立ちを抑えながら、 トレーニングに集中する。 ロードワークや筋トレなど、 基本的な練習メニューは建吾自身が作る。 試合の調整、 後援会との折衝などは清の役目だ。
 地方のジムにとって、 スパーリングの相手不足は大きな障害。 清が渡りを付けた。 週2回から3回、 都内の帝拳ジムに足を運び、 世界戦3度の経験を持つ葛西裕一トレーナーの指導を受ける。2人のボクシングスタイルは対称的だ。 「闘牛のような」 ファイターだった父に対し、 息子は典型的なボクサー。 前後左右にステップを踏み、 絶妙なタイミングの右ジャブから、 左ストレート、 フックを叩き込むサウスポー。 「前に出ようとする相手の気持ちを空回りさせるのが好き」。 身上のアウトボクシングに磨きをかけ、 世界の舞台を待ち続ける。
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世界への前哨戦に向け順調に調整が続く


サバイバルマッチ 最後の挑戦に臨む
 ようやくチャンスが巡ってきた。 東京・水道橋の後楽園ホールでのダイナミックグローブ世界再チャレンジ戦。 相手は、 元東洋太平洋王者のジムレックス・ハカ (フィリピン)。 建吾と似た経歴を持つ。
  「世界に向けてのサバイバルマッチ」 と清。 「最後の挑戦のつもりで臨む」 と建吾。 親子の夢は、 次なるステップに進めるのか。 3月15日ゴング。




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