海を渡った親善の人形「筑波かすみ」
80年ぶりお披露目兼ね里帰り

 日米親善を目的にアメリカへ贈られた人形「筑波かすみ」(ミス茨城)が、80年の時を経て日本に里帰りした。人形の吉徳(東京)で修復後、6月以降に県内各地で展示され、再びアメリカへと戻る。2月23日には「筑波かすみ」の里帰りを記念して、コンサートが開かれる。平和の使節「筑波かすみ」の里帰りによってよみがえった、心温まる日米人形親善の物語をひもといてみよう。

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 「筑波かすみ」は1927年、日米親善のためアメリカから贈られた「青い目の人形」の返礼としてアメリカに渡った市松人形。ウィスコンシン州ミルウォーキー市の公立博物館に保存されていた。
 日本が贈った答礼人形は、日本を代表する1体と各道府県、6大都市などを代表する計58体。それぞれ道府県にちなんだ名前が付けられ、茨城代表の人形には「筑波かすみ」の名が与えられた。
 年月の経過とともに傷みが目立つようになっていた「筑波かすみ」は昨年10月23日、修復と県民へのお披露目を兼ねて里帰りした。ほほや体中にひび割れや穴が見つかり、現在人形の吉徳で修復作業が進んでいる。


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修復作業経て県内各地で展示
青い目の人形と筑波かすみ
 27年3月、ひな祭りに合わせて、日米両国が平和な関係を保つことを願い、アメリカの子供たちから日本の子供たちに1万2739体の「友情の人形」が贈られた。当時多くの人々に歌われていた童謡「青い目の人形」(野口雨情作詞/本居長世作曲)のイメージと重なっていたことから、「青い目の人形」と呼ばれるようになった。
 贈られた人形は文部省によって全国の小・中学校や幼稚園に配られた。県内には246体が配布され、うち常総市豊岡町の豊岡小にある「メロディ」など9体の所在が確認されている。
 答礼人形は「青い目の人形」を贈られた全国の小学校などの子供たちから義援金を募り、京都や東京の人形師の手で作られた。1体の制作費は当時の値で350円。小学校校長の給料が40円から50円という時代であるから、相当豪華な逸品であったのだろう。身長は86a、腰、ひざ、足首が動く精巧なつくりで、正座の姿勢も取れるという。
 答礼人形は27年11月、ミニチュアのたんす、鏡台、小物、アメリカの子供たちにあてた「桜の国日本の子どもからの手紙」などを携え、クリスマスに合わせて日本を出発。全米で公開された後、各州の公立博物館や美術館に1体ずつ置かれた。
 「筑波かすみ」が出立時に持参した17通の手紙のうち7通がこのほど、ネブラスカ州・リンカーン市で見つかった。「アメリカの少女の皆様へ」と題して書かれた土浦尋常高等小学校のC川いちさんの手紙には、「青い目の人形」の礼意と友情を願うメッセージが、筆でつづられている。
 「…(抜粋)皆さんと かすみ子の握手が あなた方 アメリカ の少女と日本の少女がいつまでもゝ美しい友情を つヾけてゆくことを かたくゝちかひませう…」

里帰り実行委員会が尽力
公開後、再びアメリカへ
「筑波かすみ」里帰り実行委員会(鈴木進一代表)は06年7月、「筑波かすみ」を通し日米両国の相互理解と親善を図るため発足した。キッコーマン社元常務で「いばらき大使」の鈴木さんが、05年に県内で開かれた「青い目の人形」展に感銘を受け、里帰り実現に踏み出した。ウィスコンシン州に工場があるキッコーマン・フーズ・インク社の協力を得て実現、ミルウォーキー博物館の館員が日本に送り届けた。
 修復後6月以降に、県内9カ所で公開が予定されている。現代の子供たちの手紙を添えてアメリカに返すという。「世界平和のために渡った『筑波かすみ』の労をねぎらい、再びアメリカでお役目を果たしてもらいたい」と同実行委員会の北村栄子事務局長は話している。


 物語に感銘を受けたピアニストの稲本響さんが「筑波かすみ」をテーマに作曲、コンサートで披露する。稲本さんは1977年大阪生まれ。ドイツ留学から帰国後、全国各地でコンサートを開催。俳優・市村正親さんやタップダンサー・熊谷和徳さんとの共演も話題になった。

   日時/2月23日、午後6時30分開演
   会場/ノバホール(つくば市吾妻)
   チケット取り扱い/ノバホール(029・852・5881)ほか
   090・4912・7311(稲本響ピアノコンサート実行委員会事務局)