![]() 株式会社東洋 岩田修身(いわた・おさみ)さん |
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はがれないめっき!
カリフォルニアを思わせる緑豊かなテクノパーク豊里の一角に東洋社はある。つくば市合併前の豊里町町長だった野堀豊定が、肝入りで造成したものだ。つくばの工業団地は、研究開発中心で、地元の雇用につながらないため、生産工程が伴うものを誘致した。周りは、大手企業の工場ばかり。「つくばは、本当に良いね。ここに来たことが、正に人生の転機だった」と語る岩田が、つくばにたどり着くまでの人生を語ってくれた。 高三の一学期を日本で終えて、九月から新年度を迎える米国で、もう一度、高三をやり直した。「どこが宿題なのか、何をやっていたら良いか、全く聞き取れない」。そこで、録音機能付きのウオークマンを教室に持ち込み、隣に住む日本人留学生の先輩に聴いてもらい、翻訳してもらいながら宿題をこなしたという。さらに、教会に行くと、日本に布教に行ったことのある、牧師さんが、日本語を交えて英語を教えてくれたという。もちろん無料だった‥。 今なら、TOEFLの得点で入学試験の代わりになるが、当時は高校の卒業時の内申書で、審査して入学が決まっていた。南カルフォルニア大学で経営学を学んだ。一年留年したものの無事卒業。 帰国した岩田は「帰国子女といっても、日本社会では一種のハンパモン。英語を生かして、英国系の国際羊毛事務局、通称ウールマークに就職した」。当時から週休二日制の進んだ職場で、虎ノ門に勤務。カリフォルニアで知り合った、妻・瑞穂さんは、赤坂のフルブライトの日米教育委員会の事務局に就職。会社帰りには、歩いてランデブーできる、ロケーション。ダブルインカムで、理想的なサラリーマン生活を営んでいた。 六年間サラリーマン生活を送った後、父のめっき会社に入った。戦後、東京の品川で石炭の闇取引きから立ち上がった父が、小さな町のめっき工場を買い取り、横浜で大きくしたもの。「父親とは、初めは、男の子の特性で敵対的だったが、サラリーマン生活も慣れてくると、何となく他所の水が甘く見えて、転職しまった。しかし、休みは無いし、給料は下がるし、その水は決して甘くはなかった」と振り返る。 東洋社の得意分野は、エンジニアリングハードクロムめっき。「一本料理的で、量産モノではない。宮大工的にやっている」のだ。中でも、印刷機の巨大シリンダーは、特に精度が求められる。国内最大の印刷機メーカーの小森コーポレーションが、東洋社最大のクライアント。 その小森コーポレーションが、足立区から取手に工場を移し、さらに茎崎地区に進出を決定した。クライアントの要請もあり、茨城県で土地を探し、テクノパーク豊里の最後の一コマを手に入れた。つくば市の合併に伴い、税制が変わり、工場を建てないと特別土地保有税なるものを課税するということで、いち早く一九八九年にはつくば工場を完成。 このプロジェクトをすべて任された岩田は、先代から離れて、一連の仕事を独力でこなした。これが、岩田にとって、経営者としての原点となった。 はがれないめっき!
長かった不況時には、主要取引先の小森コーポレーションが、つくばに工場まで作ってくれたのだからと、優先的に仕事を回してくれた経緯もある。下請けを駆使するのは、やはり日本企業のお家芸。そこには、単純な数字だけでは割り切れない、人情がというパラメーター(変数)が作用するのである。 そもそも、「めっきは古くて新しい技術なのです。古代エジプトの遺品の中に金めっきされたものが見つかることがあります。日本では東大寺の大仏様にも金めっきはされています。ただ古代は電気の技術がなかったので水銀などを使ってめっきをしていた」という。 例えば、鉄は他の金属に比べ安価で加工のしやすい金属だが、非常にさびやすいなどの欠点もある。そこで亜鉛やニッケルなどのめっきが施される。めっきされることにより、その物があたかも亜鉛やステンレスの無垢(むく)で作られたように機能するのだ。 「東大寺の大仏様を金の無垢で作ったらいくら掛かるか。ガードレールなどを亜鉛合金やステンレスで作ったらいくら掛かるかを、対費用効果の概念から言えばめっきは古代からある、優れた技術なのです」という。 「めっきがはげる」と言う言葉があるが、あれは発注主がコストを抑えるために極端に薄くめっきをした結果だという。「丹念に仕上げる精度の高さは、やはり日本の職人の美意識でしょうね。おかげで、年5000万円は、電気代を使いますが‥」と、岩田は、その技術力に自信を滲ませる。 当初、横浜から1人だけ職人を連れてきて、後のスタッフは、つくばで現地採用した。その連中が、次々と、友達、知人、親類を引っ張ってきてくれて、現在では40人の大所帯となった。長かった不況もあって、いままでは、石橋を叩いて渡る経営であった。しかし、ここに来て、「金属表面処理」という広義な意味で、めっきに並列して「HVOF溶射」の設備を導入し、新規事業の展開を始めたという。 学生時代の専攻は、化学や金属に全く関係ない岩田だったが、めっき業界にいる間に、いつの間にやら、日本硬質クロム工業会の副会長・関東支部長に就任。年4回発行の『日本硬質クロム工業会誌』の情報委員会で編集担当をしている。編集長の大学教授から、留学経験のある岩田に、「お前、英語得意なんだから」と、外国の論文の翻訳を頼まれる。 海外の論文を翻訳している間に、『溶射』という全く新しい金属皮膜析出技術に出合い、いろいろ検討した結果、昨年東洋社内に設置した。「通常『めっき』は水溶液の中でイオン化した金属を目的の製品の表面に集めて金属に戻して皮膜を作る技術。一方『HVOF溶射』は金属の粉末を3000度程度の高温で溶かしてマッハ2から3の速度で製品に吹き付ける技術」だと、説明してくれた。 出来上がった品物の外観は、どちらの技術を使ったかわからないほどだ。溶射は、めっきに比べいろいろな金属を簡易に加工することができるし、水を使わないので廃水処理の手間も省ける利点もあるのだ。 日本人のモノづくりのへのこだわりと、岩田の留学経験から編み出される国際的なマーケティング能力が融合し、未来都市つくばの緑豊かな工業団地で、大きなフルーツをもたらし始めた。 (花山 亘 筑波大学非常勤講師、NPOつむぎつくば理事、文中敬称略) 【事業概要】株式会社東洋 http://www.1040toyo.co.jp/ 代表取締役:岩田修身 所在地:〒300―2646 つくば市緑ケ原4丁目17番地(テクノパーク豊里内)電話:029―847―5300 資本金:1000万円 設立:1993年3月 事業:工業用クロムめっきの優位性に着眼。エンジニアリングハードクロムめっき分野で、いかなる大型、長尺、重量物でも、また被めっき体の素材を選ばず、鋼材はもとよりダイス鋼、ステンレス、モリブデン鋼、アルミ、鋳鉄に至るまで完ぺきに加工する。 | ||
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