株式会社ビジブルインテリジェンス代表取締役
金 尚泰(キム・サンテ)さん

デザイン学博士のお仕事 

韓国の特殊部隊での地獄の訓練で徹夜には慣れているというキム社長
六〇年代に観たSF映画の最高傑作『ミクロの決死圏』の世界を、リアルにパソコン上で実現したような感じだ。普通の3Dソフトで作成して、データの形状情報と位置情報を瞬時に読み込む。そしてJAVAスクリプト、XML、HTML、Shockwave、Web3などのコンピュータ言語を巧みに組み合わせて表示する。圧縮技術で膨大なデータ量を大幅にダイエット。魅力的に見せることとともに、一般的な三次元データなら三十二分の一のデータ量に減らせることに成功し、ネット上でも自在にスムーズに動かす技術を開発。

この技術開発に成功した筑波大発ベンチャーの株式会社ビジブルインテリジェンス・代表取締役社長・キム・サンテ(一九六七年生まれ)は、仕事で徹夜するコトをいとわぬ理由があるのだ。もともとは、韓国の龍仁大学で、視覚伝達デザイン専攻。ロゴタイプを作ったりポスターをデザインしたり、さらに冊子の編集デザインを学んだ。子供のころ、絵画コンクールで受賞するとはまった。テコンドウも六年間やった。大学に入学したとき、Macが発売され、販売店が使い方を教えるサービスとしてインストラクションを担当。解説本も無い時代、手探りで勉強している間にパソコンに嵌った。

一年先送りしていたが、二年生から兵役。「五十万人中十七人の確率の特殊部隊隊員にナゼか選ばれてしまった」。選考基準に偶然にも合致したという。身長は、高すぎると動きが鈍くなるからと一七五aから八〇aまで。視力一・五以上。パラシュートなどの激しい気圧の変化に耐えられないから体に傷が無いこと。四十`の装備を担いで、一時間に五`の速度で山歩きをすると顎から氷柱が下がる。一日三時間以上、睡眠をとることは許されなかった。少しでも気を抜くと、死ぬ程の特訓なので、決してグッスリとは眠らせないのだ。あまりの厳しさに、自殺するか、逃げて刑務所に行くか。六人組みで、敵地の街を再現したところに、パラシュートで降りて、二人生き残れば作戦遂行できる。

三カ月間、食べ物無しで森の中で過ごす訓練。思いの他、木の実が沢山ある。三八度線の共同警備区域非武装地帯(DMZ)に入って、毎年一月間訓練した。実際に北の兵士と対峙した時のコトを忘れられない。地雷が埋めてあるが、雨で流れて、印の旗が意味を成さない。「足が一本ない鹿が沢山いた」と、キムは振り返る。

その偵察中、北朝鮮の兵士と五bの至近距離で対峙したこともある。三年目に、慣れていたので、銃弾を外して軽くしていった時だった。「にらみ合った五秒が五十分にも感じられた。冷や汗がザーッと出て、背中がつった。その夜は、眠ることができなかった」

キムの話を聞いていると、日本のイジメによる自殺など甘ちょろく思えてきた。夜、一日が終わるとホッとして一番気持ち良い。しかし、朝三時には起きなければならない。でも、一年もすると、この生活に慣れてくる。ヘリで森の中に降りて大自然の中に入ると、不思議と心が休まるようになる。

地獄の三年間だった八八年三月から九〇年九月まで。除隊した日は、忘れられない。恐いものなし。三日間、大騒ぎした。体が痛い、何故なら、毎日朝は十`走っていたのに、急に運動しなくなったせいだ。「とにかく、健康で除隊できたことが最高。手が無くなるのではないかと、毎日心配で仕方なかったから‥」
(次回に続く)


デザイン学博士のお仕事 

3Dの解剖図をパソコン上に作って、自在に体内に入って行ける感覚だ
韓流映画『シルミド』や『JSA』地で行くような特殊部隊での過酷な三年間。自身も韓流スター張りの甘いマスクのキムが、兵役を終えた再び大学に戻ると、コンピュータが格段に進歩していた。シリコングラフィックス社のマシンが使えオフィスにタダ働きで良いから触らせてもらった。コンピューターを使ってデザイン処理すると、予想外の結果が出たりして、夢中になった。マシンの脇にベッドを置いて、再び半徹夜の日々がスタートした。

卒業後CGの会社に入って、CFを作っていた。サムソンのテレビコマーシャルを次々に製作。例えば掃除機の機能を、ほこりの動きまでCGによってリアルに再現。徹夜に継ぐ徹夜。兵役時代の経験がこんなところで役立つとは‥。

すると、デザイン専門学校に講師にスカウトされた。「そこで、韓国では、陶芸、日本でインテリアデザインを学び日本で就職していた妻のリーさんと出会った」と。三十二歳で留学しようと考えた。今後の人生は、博士として生きようと考えた。アメリカも探したが、デザインの博士号を出すのは、世界中探しても日本、しかも筑波大学しかなかった。

一九九七年の九月に来て、研究生、修士課程、博士課程を修了。二〇〇五年に『デザイン学博士』を取得した。

MDDマルチ・ダイナッミク・ドキュメンテーション。博士論文から生まれた。情報の洪水というが、単にデータがあふれているだけで、うまく処理されたら初めて情報に変わる。体験が重要。物事をうまく説明するのが、ビジュアルコミュニケーションが専門なので、情報の中に入って、体験できるものを作りたかった。

研究成果が、副学長の目に留まり、筑波大の講師として残ることとなった。他の大学に内定していたキムにとって、母校への就職は、異例のラッキー人事。大学もベンチャーを立ち上げようと躍起だったのも幸いした。早速、特許申請をしろと言われた。「現在、情報の収納方法、表示方法の特許を現申請中」とのこと。

医者の患者への説明にも使える。一般のパソコン操作は〇・二秒で反応しないと、人々が不安になって、何度もクリックしてしまい、使い物にならない。ワーキングモデルとして作ったのが、この人体モデルと模型の組み立てマニュアルをレゴで作成、そして通信を使った遠隔教育。

制作は好きなので、楽しみだが、経営は自信がない。例えば携帯電話の取り扱い説明書は、すごく厚い。CGで表現して、複雑な概念を三次元画像で視覚化できる。これが、社名のビジブルインテリジェンス。

日本に来て、日本的な穏やかな色彩が、大変気に入った。大学で教えながら、大学広報戦略室の仕事もやり、更に大学発ベンチャーの経営と目の回る忙しさ。十二時前に帰れないが、土曜・日曜は子供たちと遊ぶ。二歳・四歳・六歳。上の二人の子を連れて、スーパーでお菓子を買う。そして、ブランコに乗って、食べながら話をする、ごく平凡な瞬間が、珠玉の幸福感をキムにもたらすという。
(花山 亘 つくばベンチャー協会事務局長、NPOつむぎつくば理事、敬称略)

【事業概要】株式会社ビジブルインテリジェンス http://www.Visiblei.com/ 〒305―0047 つくば市千現2―1―6 TIC 筑波研究支援センターB5 TEL&FAX 029―859―6363 代表取締役 金 尚泰(筑波大学人間総学類講師・博士〈デザイン学〉) 筑波大学研究室 http://www.pacmanlab.com 設立 2006年6月1日 資本金 50万円 事業 教材コンテンツ開発:三次元画像化のための膨大なデータを圧縮技術でダイエットし、ネット上でもスムーズに動かす技術を開発。このマルチ・ダイナッミク・ドキュメンテーション(MDD)システムを駆使し、人体解剖図など複雑な対象をビジュアルに再現し、直感的な理解を可能にする。デザイン業務:ホームページ、シンボルマーク・ロゴタイプ、ポスター、カタログ制作教務


BACKHOME