筑波ハム 代表取締役会長・中野正吾さん

筑波ハムとヨーグルトの誕生

「お金を戴いて、感謝されて、こんなにうれしい仕事はない」と、清々しい表情で語る中野さん
スモークの香りと後味の爽やかさにおいて、筑波ハムは、正に絶品である。さらに、ドリンクヨーグルトのコクと自然な甘味のファンは、筑波地区を超え、日本全国に広がろうとしている。

そもそも、茨城県南最大規模の養豚農家として、約千二百頭の豚を飼っていた筑波ハム代表取締役会長・中野正吾(一九三三年生まれ)は、「出産時の豚の病気を無くせば、どんなに経営的に楽になるか」と考えた。そして、当時は千葉市にあった畜産試験場(現・独立行政法人・畜産草地研究所)に通った。

豚は、胎盤から免疫を授けられない。しかも、母豚の初乳は、ホンのわずかしか出ないため、搾乳が困難。赤ちゃん豚に、直接母豚から哺乳すれば、親の病気が子豚に感染してしまう。この病気の連鎖を断ち切る方法はないかと、中野は専門家に尋ねて回った。

そこで目をつけたのが、大量に取れる牛の初乳だった。当時、豚と牛は、共通の病気がないため、牛の免疫は豚には利用できないものと考えられていた。欧米の論文に載った小さな記事を参考に実験を繰り返したところ、養豚に牛の初乳が使える事が実証できた。この方法は、画期的な飼育法として、指導してくれた高橋明博士と連名で、「初生豚の育成」という論文にまとめられ、畜産学会誌「畜産の研究」に発表された。

農家の後継ぎとして、体の弱かった父の後を継いだのは十六歳の時。姉たちは、教育を受けて教員や看護師になった。自分は、一年だけ父親と一緒に農作業をやっただけで独り立ち。「それまでの穀物中心のデンプン農業から養豚などのタンパク農業へと、なんとか転身したかった」と、必死で格闘した半生を振り返る。

週一回、千葉市に通っている間に、ハムの研究者やヨーグルトの研究者との付き合いも始まった。その畜産試験場が、筑波研究学園都市建設に伴い、つくばの地に移転する事になったのである。中野も研究者たちも仰天した。

研究者達にとっては、つくばは見知らぬ土地。しかも、新しい研究所が稼働するまで一年間ほど、施設の関係で手作りハム造りも中断せざるを得なくなった。そこで中野が、下平塚の自宅の納屋の中に、スモーク小屋を建てて、研究者たちとともに、「ハム造りの遊び」が始まった。

小さなスモークハウスで始まった、農林省の研究者達との手作りハムづくりは、「遊び」のレベルを遥かに超えていた。そして、一九八〇年には、養豚業だけでは、なかなか採算が取れない中で、本格的に農家手作りのハムを売り出す事を決意した。原料豚の選定から、与える飼料や飼育環境なども、専門家たちのアドバイスを元に、工夫を重ねた。

また、ヨーグルトの研究者から本格的なヨーグルト造りを教わった。まず、秘伝の六種類の乳酸菌で別々に八割方発酵させる。それぞれ、風味と酸味などの特徴が出たところで、三日目かそれらを混ぜ合わせて、最後の一日で最終の仕上げをする。このドリンクヨーグルトの醸し出す風味とコクのある爽やかな味に魅せられた人は多い。

ホテルやレストラン向けの高級食材として開発された手作りのハムとヨーグルトは、スーパーの店頭で売られる大量生産のモノと比べると、値段が高い。だが、食にこだわるつくば市民の舌を捕らえた。

手さぐりで始めた事業だったが、何とか軌道に乗ってきた十年目、バブル真っ盛りの一九九〇年に、中野は一大勝負に出た。自宅の敷地の中に、自前の筑波ハムを食べてもらうためのレストラン「自然工房」を、約五億円の巨費を投じて建設したのだ。

腕の良いシェフと出会うまでは、悪戦苦闘したが、現在は、東京からもTXでお客がやって来る盛況ぶり。「最寄り駅から電話してきたお客には、一人からでも迎えにいくサービスが受けた」のだ。豚の飼育は協力農家に任せた今、中野には、最後の大事業が残っている。

TXの筑波研究学園駅寄りの所有地に、新工場を新設し、そこで「体験工場見学」なるシステムを構築すると言う。「ハムの作り方を、みんなに伝授したい。そして、お客さんに、心の底から喜んでもらいたい。おいしいものを食べた時の喜びは、格別なのでしょう。こちらは、お金を戴いて、なお感謝されて、こんなにうれしい仕事はない」と、その笑顔が、実に清々しい。つくばらしい名産品が、誕生するまでには、半世紀の歳月を必要とする。
 (花山 亘 つくばベンチャー協会事務局長、NPOつむぎつくば理事、敬称略)

【会社概要】つくば市下平塚383。電話029・856・1953。1978年創業。資本金・300万円。四季折々の彩りを見せる紫峰筑波山。その姿を仰ぎ見る清らかな大気と緑のなかで、筑波ハムは、食肉加工メーカーとして、「日本の最高峰のハム作り」を目指している。http://www.tsukubaham.co.jp/


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