ツクバリカセイキ 代表取締役・中山俊明さん

流体力学で社会貢献

独自の観点から中国の広東省・中山市にも現地オフィスを作り、「エネルギー消費型の産業は、中国に移すべきだ」と主張する中山さん
映画監督・大島渚の紹介した「深海に生きる魚類の如く、自ら燃えなければ、どこにも光がない…」との言葉に触発され、受験勉強をしていたころ、人類のエネルギー問題に取り組む決意をしたという。ツクバリカセイキ株式会社(TRS)代表取締役・中山俊明(一九四七年生まれ)は、核融合の基礎となるプラズマ物理を大学で専攻した。

団塊の世代である中山は、就職時に第一次オイルショックとぶつかり、希望した日本原子力研(現・日本原子力開発機構)は新規採用中止。そこで、理化精機工業に就職した中山は、風洞実験分野を中心にさまざまな測定器システムの製作に携わった。そして、同社のつくば出張所を開設してもらい、つくばに移住した。

第二次オイルショックの時、理化精機工業の社長から、「経費節減の折、残業はしなくていい」とのお達しが出た。それに対して「じゃ、他社でアルバイトをしてよいですか」と、応じた。中山は、二十代の終わりに、医療機器メーカーで、夜のアルバイトをしていた。

「物理屋は、潰しが効く」と言われるが、中山は、このアルバイトで、黎明期のパソコンと邂逅することとなる。エレクトロニクスの世界をゼロから勉強し直した。二年目からは、本業のサラリーマンも業務委託の請負へと、就労システムを変えた。

自然の流れで、ツクバリカセイキ社(TRS)の設立となった。流体力学、エレクトロニクス、そして、登場して来たばかりのNEC98シリーズを組み合わせて、作り上げたのが『ファン風量測定システム』だ。精密機械、とりわけ、コンピュータのチップ類は、熱を持つ。冷却するためには、ファンが送り出す微風が最重要となる。パソコンの筐体の中を微少な風をいかに効率的に流すかをシミュレーションするのだ。

中山が開発したこのシステムが大ヒットして、この分野のデファクトスタンダードとなった。そこで、産総研とTRSの協働で、ミネベアなどのファンメーカー側と富士通・NECなどのユーザー側をつなぐ協議会を立ち上げ、マイクロファンの実質上の工業規格『JBMS―72』を確立した。

飽くなき探究心は留まる所を知らず、原研の核融合施設、JT60に必要な『ガス質量分析計』開発にも携わった。重水素とヘリウムの微妙な違いを検出する高感度質量分析計のシミュレーションソフトウエアを受注開発したのである。中山が学生時代から取り組んできたライフワークとしての「エネルギー問題への貢献」を、ついに実現することができた。

つくばの研究所を支援する研究産業同士の連携の必要性を説く、滝本徹前県商工労働部長と意気投合。県の要請を受けて産業フォーラムの中の『ナノテクフォーラム』を立ち上げた。筑波大ロボットコンテストに協賛。今年になって、筑波大のインターンシップの総合窓口『つくばインターンシップ・コンソーシアム』の設立にも参画した。

広大な芝生畑の向うに筑波山が見渡せる自社ビルは、つくば市の要に建つ。筑波大学キャンパスの北端に近く、学生たちと交流するのには絶好のロケーションである。五十代に入り大病を患った中山は、次の世代の育成には自然と力が入る。

山を越えたとも言われる中国ビジネスだが、独自の観点から中山は最近、中国の広東省・中山市に現地オフィスを作った。「戦後の日本とアメリカとの賃金格差は、一・四倍。それに比べて、現在の中国と日本の賃金格差は、まだ五倍!」と、そのポテンシャルを説く。「特に、エネルギー消費型の産業は、中国に移すべきだ」と主張する。自身のモットー「ギブ・アンド・テイク」の実現を標榜しての中国進出だ。

月一回の中国出張で乗る、飛行機や高速道路の車窓を眺めながら、つくばで立ち上げ経験してきた数々のプロジェクトを振り返ることがある。上手くできた仕事のプレイバックは、ふと、言い知れぬ幸福感を中山の元に運んできてくれる。(花山 亘 つくばベンチャー協会事務局長、NPOつむぎつくば理事、敬称略)

【会社概要】つくば市要212番地。電話029・864・8230。1983年創業。資本金2000万円。流体関連技術を背景に各種研究設備の設計製作、並びに計測システムの開発。また、地磁気や地震情報を現地の観測所から電話回線で結び、自動計測する等のユニークなシステムも開発。http://www.trs-jp.com/

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