ウィズネット 代表取締役・尾崎暢彦さん

「少子化日本」を救え

ウェブママたちの熱い想いに支えられ、『WITHママ』の首都圏展開を図る尾崎さん
筑波大の比較文学類で、情報文化論を学んだのが、早や三十年前である。有限会社ウィズネット代表取締役の尾崎暢彦(一九五四年生まれ)が、マスコミへの就職活動をしようと考えていた四年生の夏のことだった。突然、サンケイ新聞編集局長、夕刊フジ社長を歴任した超大物新聞記者・青木彰が、筑波大の教授兼スポークスマンとして赴任してきた。

早速、尾崎たちが、筑波大広報室を訪ねて就職相談した。その夜から、約十人の学生が、並木の宿舎に押しかけては、青木に作文の添削をしてもらった。新設大学で先輩のいない中、尾崎は青木の友人だった読売OBの徳間康快が作った徳間書店に就職した。筑波大マスコミ塾として、やがて百名のジャーナリストを産み出した『青木塾』誕生秘話である。

週刊誌の編集から営業企画まで、二十五年間にわたり出版社の業務をこなしてきた尾崎が、脱サラを決意したのは、入社の切っ掛けとなった徳間康快の死であった。カリスマ徳間の死後、スタジオジブリを含めた関連会社の売却と社員半減の大リストラ策が進行した。尾崎が提案したインターネット事業が、社内ベンチャーとして認められることはなかった。

徳間書店の社内ベンチャーとして、立ち上げようとしたその企画が、ウィズネット社の子育てサイト『WITHママ(ウィズママ)』である。「首都圏に住む若い夫婦は、地元に家庭を持つケースは殆ど無いといってもいい。夫が職場に通いやすく、居住環境の良さそうな廉価なマンションを、情報誌で捜し出すケースが多い」。そうすると、「妻は地域の中では、スッカリ孤立する。友達などいないし、まして、子育ての相談相手など、遠方に住む実家の母親と電話で話す程度」だ。孤独なママたちが、「出産に迷い、産院に迷い、そして子育てに悩む」。そんな状況を、書店営業の中で、地域のママさん読者から聞き付けた。二〇〇〇年ごろに、尾崎は、コンピュータを自宅に買い込み、美大出の妻にデザインしてもらって、自宅のある船橋周辺の『ママさん向けサイト』を実験的に作ってみた。

当初、あまり反響が無かったが、ヤフーが街でADSLのアダプターを無料配布する大キャンペーンを始めた二〇〇二年ごろから、急激にアクセスが増えてきた。社内ベンチャーとして認められないくても、独立してやって行ける社会環境が整い始めたのである。

首都圏百駅に、まず仮の『WITHママ』サイトを作り、運営するウェブマスターであるウェブママをネットで募集していった。「マスコミで働いていたママなども、社会貢献をしたいと、応募してきた」。順調にウェブママは増えたが、そこで大問題が発生した。

「当初、地域情報を掲載して、広告なども集めようとしていた。しかし、各地のポータルサイトがアッという間に充実してきて、検索すれば、無償で誰でも簡単に地域情報が得られるようになってしまい、当てが、完全にはずれた」のだ。

尾崎夫婦が粉骨砕身、頑張ってきた一年目。ついに、各地域のウェブママたちに、「今後活動を続けても、広告収入から歩合で還元する予定のギャラが払える見通しが無いこと」を通知した。尾崎は、既にサイトを閉鎖して再就職しようと腹を括っていたが、意外な反応が返ってきた。「どうか止めないでください。掲示板でいろいろな悩みを話し合える場を運営することが、子育ての中の、唯一の生き甲斐だから…」と。

現在五十五駅にウェブママがいる。そして、ウェブママが仕切る掲示板から出来上がったウェブ版井戸端会議の輪が拡がり、ママ会という名のオフ会が各地で積極的に開かれているという。

オフ会とは何かと言えば、ネットをオフ(消して)にして、ナマで直接会うことである。オフライン・ミーティング、オフミとも言う。授乳などがあり男子禁制であるが、そこで繰り広げられるママたちの会話は、実に興味深いものだ。

マーケティング会社から、洗剤会社や家電メーカーからの委託で、市場調査の依頼が舞い込み始めた。満を持して先月稼働させた『WITHママ』会員システムでは、登録ママは、早くも五千人の大台に乗る勢い。そこにはビジネスを超えたママたちの熱い想いがある。(花山亘 つくばベンチャー協会事務局長、NPOつむぎつくば理事、敬称略)

【会社概要】千葉県船橋市西習志野1の3の14。電話047・466・2441。2003年3月14日創業。資本金100万円。子育て・保育サイト『WITHママ』の首都圏展開。 http://www.withmama.info/

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