![]() 株式会社生体分子計測研究所 代表取締役・岡田孝夫さん |
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ナノテクの時代の幕が開いた瞬間
当初、真空でしか作動しなかったため、部屋を占領してしまう程の巨大な施設を目にして、これは商品化不能と判断した。オリンパスだけでなく日本中の業界人がその実用化を疑っていた。 しかし、大気中での作動も可能ではないかとのアイディアを持った岡田は、通常業務を終えた夜10時ごろからこの研究に没頭した。土日も出社して取り組むうちに賛同者も現れ、そろそろ完成しかけた1986年、本家のビニッヒとローラーが大気中の測定を可能とした論文を発表、ナノテクノロジーの時代の幕が開いた。 その年、両博士にノーベル物理学賞が贈られた。岡田たちの研究も会社の重点プロジェクトとしてテーマ化された。 応用範囲が広いことが次第に認識されてきて、1992年には、工業技術院のアトムテクノージー研究体として10年間で250億円という巨大プロジェクトが発足することとなり、岡田はオリンパスからの出向という形で、中核メンバーとして参画することになった。 研究成果『DNAの可視化計測』を学会誌に発表したところ、論文を読んだ欧米の研究者が50件程、詳細の書かれた別刷を要求してきた。国内では、薬品会社、化学メーカーが次々とサンプルを持ち込んで、測定を依頼してきた。実際のマーケットからの力強い手応えを実感した岡田は、工技院発第一号のベンチャーとして立ち上げることを決断した。家族の理解も得られ、『つくばファンド』の投資案件としても認められた。 水海道市出身の岡田は、地元茨城県のベンチャー企業の状況を調べてみたが、「当時、茨城県のベンチャー出生数は下から3番目ぐらい。滝本前商工労働部長時代につくばを知的特区としてベンチャー企業の育成を図ったため有数の創業地帯となってきたが、研究者が会社を作ることに対し、欧米での高い評価に比べて物足りない」として『つくばベンチャー協会』の代表として研究者の起業や株式公開の研究会なども主宰する。「身体的にはかなり酷しいが精神的には楽。自分がやった研究が社会の役に立つということは、本当にうれしい」。 座右の銘は、「競争より競走」。同じ条件下でマラソンのように自分との戦いに挑むべきで「自分を大切にするための努力が重要」。電子工学からバイオへの転身もその成果か。 「自分の専門を変えられない人は力がない」と、電気工学からバイオに転じノーベル賞を受賞した東北大の後輩である田中耕一を引き合いに出して語る岡田の柔軟な迫力に圧倒された。(花山亘 つくばベンチャー協会事務局長、NPOつむぎつくば理事、敬称略) 【会社概要】本社・つくば市榎戸807の133。1999年12月20日設立。資本金・1億5万円。生体分子及び生化学等に関する測定・解析等の受託業務、機械・解析装置等の研究開発、設計製作など。http://www.ribm.co.jp/ |
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